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サッカーJリーグ・川崎フロンターレと、TVドラマをこよなく愛する男のブログです。
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【レビュー】SPドラマ「女王の教室」エピソード1~堕天使~&エピソード2~悪魔降臨~
 ブログ版になってからは初めてのSPドラマの感想です。

 とりあえず・・・感動したっ!!(古)

 いやー、何が感動したって、物語の完成度の高さですよ。連続ドラマの際に匂わされていた部分が、全て2編の中に物語としてきちんと織り込まれていて(平泉成の存在や、天海祐希の傷跡の意味など)、3つの「エピソード」を通してみたときに、1本の物語として完璧な出来となっていた。連続ドラマの脚本家は、一つの物語を作るときに、今回の2つのエピソードに出てきたような「裏設定」を様々考えているものだ、とは言われるが、それにしてもこれだけのボリュームの物語を破綻なく作り上げていて、しかもそれを「エピソード3」である連続ドラマの段階で、既に逆算して織り込めている、というのはもの凄いことである。脚本の遊川和彦の手腕にはまったくもって恐れ入った、というほか無い。

 さらに、一つ一つのエピソードも極めて完成度が高い。当初は希望を持って教師になった天海祐希が、現実に挫折し、さらに愛情をかけていた(はずの)子供をも失う・・・という「エピソード1」。「自分の理想ばかりを追い求める人間は、結局周囲の人も傷つけてしまう」という天海祐希の志田未来への言葉は、過去の自分とのオーバーラップ(連続ドラマ時に、志田未来を集中的に攻撃したのも、過去の自分と重なる部分があったからなのだろう)となっていて考えさせられるし、自分は理想を持って接していても、理解してくれない周囲との摩擦や、子供への接し方の問題ですれ違っていく夫婦の会話などは、(連続ドラマの時と違って)非常にリアルな作り。息子を失った生瀬勝久の「お前が殺したんだ」というセリフも、その前に「酷いこと言って良いか」というぽつんとした一言の後に、静かに発せられるからこそ、さらに重みを持って伝わってくる。こうした細部のリアリティでドラマの完成度としては圧勝しており、それが、教職を追われ、最愛の息子を失う・・・という衝撃的な展開を見ている側に受け入れさせている。

 「エピソード2」では、やはり連続ドラマの時に出てきた「なぜ人を殺してはいけないのか?」と問うた子供を半殺しにする、という部分がクライマックスだったわけだが、「エピソード1」で、息子を失ったという描写がなされているからこそ、最後の最後で「人を殺しちゃいけないのは、死ぬとき痛いから。苦しいからよ。(中略)夢も、希望も、全てを奪ってしまうからよ」(相変わらずうろ覚えです)という天海祐希のセリフには、問答無用の説得力がある。これこそ、エピソードの積み重ねの勝利であり、物語としてムダのない、完璧な仕上がりと言えるだろう。

 「エピソード1」の岩本仁志、「エピソード2」の大塚恭司の2人の演出陣は、連続ドラマの時と同様、色彩感覚の効果的な使用が光っていた。特に、全編ブルーを基調としていた連続ドラマの時とは違い、「エピソード1」の、夢に溢れる天海祐希の状況と見事に重なる鮮やかな色使いから始まって、「エピソード2」で血まみれになりながら生徒の首を絞める時のブルーへの「暗転」に到るまで、物語の進行に合わせて変化していく色使いが、(多少あざとすぎる嫌いはあったが)見事にオーバーラップしていた。

 そして、最後に強く讃えておきたいのが、天海祐希の、まさに全身全霊での演技だ。何が素晴らしいって、1人の人間が「悪魔」にまで変化していく「過程」の的確な演技が、見事と言うほか無い。様々な出来事を経るたびに、少しずつ「阿久津真矢」という人間の内面が変化していく様子が、それぞれの段階で見事に表現されており、そのさじ加減の絶妙さは、本当にこの登場人物が見ているものの目の前に存在しているかのような錯覚を与えるほど。息子を失ったときや、再び目の前で生徒を失いそうになったとき、そして生徒の首を絞めるときと、重要な場面での迫力に満ちた演技も素晴らしく、天海祐希は、本当にこの登場人物を全て自らのものとしていたと言える。逆に言えば、天海祐希という女優が存在しなければ、この「女王の教室」という作品は絶対に成立し得なかった。近年乗りに乗っている印象のある天海祐希だが、この作品は、彼女にとって「代表作」と評される価値のあるものであろう。

 私は、連続ドラマの際、野心的な取り組みを評価しながらも、一部失敗があったことを明確に批判していた。その評価そのものは、現在も揺らいではいない。しかし、この「エピソード1」「エピソード2」を見た今、明らかに言えるのは、日本のTVドラマにおいて、これだけのスケール・完成度を持った挑戦的な作品が作られたことを、私は誇りに思う、ということだ。
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テーマ:女王の教室 - ジャンル:テレビ・ラジオ

【レビュー】白夜行(7)
 今回から舞台が東京になったということで(私は原作を未見なので知らなかったのだが、どうやらこれまでの舞台設定は関西だったらしい。武田鉄矢と八千草薫の不自然感ありまくりラクリマクリスティ(寒)な関西弁はそこから来ていたらしい・・・全く不要な裏設定だとは思うが)、それを意図してかどうかは分からないが、今回の石井康晴の演出は、画面にこれまでにない「キラキラ感」が出ていて、はっきり言って現実からは遊離した世界であるこのドラマの雰囲気には合っていた。山田孝之がビルの屋上で足をぶらぶらさせているあたりの描写は、まさに「幽霊」そのもので、山田孝之の心象風景がダイレクトに伝わってくるようで良かった。

 また、物語としても、今回は、それぞれがお互いのためを思って行動することが、(少なくとも傍から見れば)泥沼に堕ちて行っている・・・という「悲劇」感がストレートに伝わる展開で、その想いの純粋さ、切なさが浮かび上がる形になっており、前回も述べたが次第に感情移入できるような展開になってきている。ラスト、山田孝之のモノローグで「俺たちは人が目を背けるほど醜かったね」というのがあったが、とんでもない。私には、少なくとも今回の山田孝之と綾瀬はるかの行動は、とても美しく見えた。

テーマ:白夜行 - ジャンル:テレビ・ラジオ

【観戦記】10/23 J1リーグ第28節・vsレイソル(Home)
嗚呼、げに人間の欲望とは際限なきものなり。

 ・・・なにが言いたいかと申しますと、今日の勝利でついにフロンターレは6連勝を達成したにもかかわらず、ちっとも満足していない自分がいる、ということなのです。・・・って全くおんなじようなことをJ2時代にも何度か書いた覚えがあるんですが、それにしても、今の舞台はJ1ですよ。曲がりなりにも国内最高峰のリーグで6連勝し、シーズン前には夢か願望かと思われていた5位という目標順位にも手が届いているというのに、ただの勝利ではちっとも満足していない自分がいるのに、我ながら驚いている、というわけです。てな感じで、以下試合感想です。

 今日の試合の感想を一言で言えば、手抜き。この一言に尽きるだろう。まあ試合全体というよりは後半と言った方が適切かもしれないが、それにしても、前半から内容は決して良いとは言えなかった。具体的には・・・私が「内容がイマイチだった」とイチャモンを付けている試合に大抵共通することなのだが、チームとしてボールを奪う位置が明確になっていない。だからずるずるとラインを押し下げられ、中盤、特に谷口の抜けてボール奪取力の落ちたボランチのところがDFラインに吸収されてしまうのだ。今日のレイソルは波戸・明神の抜けた影響が如実にDF面で現れており、中盤の高い位置でパス交換orドリブルを始めると簡単にフリーで持ち込ませてもらえる状況だったのだが、低い位置でボールを奪ってからの攻撃では当然そうした形を作れるシーンは少なく、これが特に後半において、一人少ないはずの相手に対して、それほど多くのチャンスを作れない原因となっていた。それどころか、クリアか繋ぐのかの意思統一も明確でなかったため、中途半端なクリアorパスを相手に奪われて波状攻撃を食らう、という、一人少ないはずの相手に対して(2回目)あるまじき状態を作られていた(言うまでも無く、PKからの恥ずべき失点もこれが原因である)。

また、今日の試合全般を通して目に付いたのは、プレーの「軽さ」。1対1の局面で簡単にかわされる、あるいはフィフティボールに対する詰めが甘くてボールの支配権を渡してしまうなど、主にメンタル面にしか原因を求めようが無いプレーが散見されたのは、非常に気がかりだ。少なくとも、今日のようなプレーを繰り返していたら、来週のレッズ戦は絶対に勝てないことは間違いない。

 と、これまでかなり厳しいことを述べてきたが、一方で、確かにチームとしての成長が今日もまた感じられたのも事実だ。今日選手達の気持ちが抜けるほど楽な試合展開になったのには、小林祐の退場が影響していたのは間違いないが、一方で、仮に退場者が出ていなかったとしても、全く負ける気はしなかった、というのも正直なところだ。そして、今シーズンの開幕戦では引き分けに持ち込むのが精一杯だったレイソルとの間で、これだけの差が生まれた要因は、自分たちのサッカーに対する確信にあると言えるだろう。

 今のフロンターレは、関塚監督の「バランス」を重視するサッカーが浸透し、苦しいときでも自分達の「型」を崩さず、リトリート重視のDFを続け、前線・中盤の選手の個性を生かしたハーフカウンター&サイドアタックと、一撃必殺のセットプレーで得点をもぎ取り、出てこざるを得なくなった相手をカウンターの餌食にはめていくという戦術に、ピッチ上の選手達が明確な確信を持っている。もちろん、この確信は勝利からしか生まれないもので、その意味では勝利と確信、卵が先か鶏が先かという話になるのだが、ここで確認しておきたいのは、フロンターレは、中断前、7月の「HOT6!」を終えた時点で14位と苦しんでいたときでも、自分達のサッカーを放棄していなかった、ということだ。この頃から自分達のサッカーを続け、その精度を上げてきたからこそ、今の確信に繋がっていると、私は考える。

 ちなみに余談だが、今のレイソルに致命的に欠けているのは、ラモス「コーチ」の言う「気合」や「根性」などではなく、まさにこの要素であろう。04年途中の早野監督就任以降、少なくとも私が見るたびにこのチームはコンセプトが変わってしまっている。今日で言えば、DFラインのメンツが2人も変わることが分かっていて、なぜあれだけラインを上げるスタイルを選んだのか。特に前半、ラインの乱れを突かれて何度と無くピンチの「芽」を迎えていたが、前節と全く違う形を選んで何がしたかったのか、早野監督には合理的な説明を求めたいところだ。

 ただ、この抽象的な「確信」という要素は、勝利によって生まれているが故に、勝利が失われれば比較的簡単に崩れ去ってしまうものでもある。そうなった時に立ち戻れる明確な「場所」を作っておくためにも、今の戦い方の精度をもっともっと上げる努力を求めたい。このことの成否が、今後6試合中4試合が上位の相手という厳しい日程における戦績と、必ずしも関塚監督留任の確率が高くない中での来シーズンの戦いのカギを握っていることは間違いないだろう。
【レビュー】大奥~華の乱~(2)
 今回もやはり、目に付いたのは「芸達者」の面々の演技。余貴美子の死神のような「のっぺりとした冷たさ」は際立っていたし、江波杏子の迫力はさすが(余談だが、この役どころ、「大奥~第一章~」では星野真理がストーリーテラーの役割として若かりし頃を演じていたのと同一人物である。いくらなんでも変わりすぎだろう)。また、谷原章介の、「救いがたいほど愚かな男」の演技も、さすがと言うべきもの。「なぜ、阿久里は死んだのじゃろうのう」と言ったときの「天然」ぶりは、完全に計算されたもので、そりゃこんな愚かしさを見せ付けられたら、内山理名も複雑な気分になろうというものだ。・・・スタート前は、藤原紀香や小池栄子の演技を心配していたのだが、はっきり言ってこの2人と内山理名との対立は、見た目派手でもちっとも物語の主軸ではないため、演技力云々は全く問題になっていない。

 で、その物語の中身だが、浅野妙子の脚本は、「大奥~第一章~」に続き、女の「喪失感」や「屈辱」を背景に、「勝ち・負け」をはっきり意識した作りになっていて(早い話、不幸のどん底を味わったヒロインが、自らの力で大奥の荒波を乗り越えていく・・・ということ)、前述のド派手な対立劇のような分かりやすさと、メッセージを伝える部分のバランス、さじ加減が相変わらず上手い。今回の展開では、最後の田辺誠一の言葉で、内山理名がこれからこの「喪失感」を背に強くなっていくであろうことが自然と示唆されていて、感心させられた。
スタートダッシュ。
・・・スタート記念ということで、とりあえず書き溜めしていた分を一気にアップしてみたんですが、なんか我ながら文章量(と改行の無さ・・・)に圧倒されるものがありますね。

まー段々と工夫していこうかな、と思っている今日この頃です。
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