~FC2BLOGランキングに参加しています~ 優倶楽部blog【批評】いま、会いにゆきます(05年7月クール)
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【批評】いま、会いにゆきます(05年7月クール)
 序盤の映像の美しさは、それだけで感動できるほどのもの。はかないファンタジーの世界を見事に作り上げ、一気に物語に引き込むだけの力を持っていた。

 ただ、そうした映像のアシストを受けたはずの物語がいただけない。「世界の中心で、愛をさけぶ」を見ても分かるように、映画化された原作=2時間程度で収まる分量の物語を、3ヶ月1クールの連続ドラマとして描く場合、ポイントになるのは物語の豊富化の成否である。友人や親との関係を丹念に描いて成功した「世界の中心で、愛をさけぶ」に対して、この作品では、特に中盤以降、ミムラと成宮寛貴の「過去」に頼りすぎ、かつその「過去」の物語が陳腐な「初恋物語」であったため、作品に停滞感が漂う結果となってしまった。一方で、記憶をなくして甦ったミムラと、成宮寛貴がイチから関係を再構築していく様子の描写は、ごく貧弱で通り一遍の印象が拭えず、三田佳子演じるミムラの母の存在も、成宮寛貴へ疑惑の目を向けることで、彼がミムラを守ろうとすることの困難さを強調するためのものに過ぎず、三田佳子の目から見たミムラとの「絆」はほとんど伝わってこなかった。総じて、飯野陽子と篠崎絵里子の脚本は、力不足が目立ったと言わざるを得ない。

 冴えない脚本に引きずられるように、当初は極めて高いクオリティを維持していた演出も、安易な「自然」の映像に頼るなど、物語の「世界」を作り出す努力の不足が現れ始め、レベルダウンが目に付くようになった。一方でこれは、メインである平野俊一以外の人間が演出を担当する機会が多かったことも原因の一つであろう。それがこの作品の思わぬ視聴率の低迷によるものかどうかは定かでないが、この作品におけるサブ演出の面々(山室大輔・大岡進)は、作品のレベルアップに貢献していたとは言いがたい。

 主演のミムラ・成宮寛貴の2人は、「小学生の子どもを持つ親としては明らかに若すぎる」という、キャスティングの時点でのハンデを抱えながらも、むしろカップルとしての初々しさを前面に出すことで、奇をてらわぬひたむきさを見せていて好感が持てたし、そのことは、内容そのものは陳腐だった回想シーンを演じた黒川智花・福本有紀も同様だ。
 前述したように、この作品が、素晴らしい映像によるアシストを受けながらも、「名作」になり損ねたのは、物語の豊富化に失敗したことによる部分が大きい。陳腐な「過去」に固執するよりは、ミムラと成宮寛貴が、「もう一度恋をしていく」展開を丹念に描いた方が、より物語の世界観が生かせたのではないか、と私には感じられてならない。その意味で、「いま」をもっと描いて欲しかった、ということが、この作品に対する感想として強く残った。

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